独身の時は実家暮らしで、キッチンに立つことなどほとんどなかった。
そこにはいつも祖母、そして母、時々姉がいて、
私は『ワタシ食べる人』に専念できる環境だった。
そんな私がごはん作りをするようになったのは結婚してから。
必要に迫られて…である、
その時、料理本を3冊買った。
当時随分お世話になったその本、あちこちシミだらけ、調味料のニオイが染み込んでいるのだけど、
実は、
今でも時々取り出して使っている。
…とここまででおわかりだろう。
私は料理が得意ではない。
と言うか、この年齢にして
私は料理が下手である。
コレもうセンスの問題だな。
私には料理のセンスが致命的に皆無なのである。
我が子達が文字通りの子どもだった頃、
毎日の食事のメニューに悩みまくった時期があった。
『今日は何にしようか』
と、朝から考える。
いや、昨夜のごはんが終わった瞬間に
『明日は…』
と考えていたような気がする。
それほど真剣に悩んでいた。
料理本どおりに、それなりにできた時はもう疲れ果ててしまう。
そして、
「おいしい♡」
と言ってもらうと、もちろん嬉しいのだけど、
「また作ってね♡」
と言われると、もはや同じ味が出せるかどうかわからないというプレッシャー。
『私って母性がないのかな』
などと本気で悩んだ時期でもある。
毎日お邪魔しているブログに、日々の食事の写真をアップしてくださる方が何人もいらっしゃる。
いつもそれを眺めつつ
『すごいなぁ』
と、思わずにいられない。
こんなごはんを食べられるなんて、ご家族は幸せだわ。
我が家では考えられないもん。
既に成人済みの我が子達にとって
『おふくろの味』
ってなんだろう。
ハンバーグ?
カレー?
多分そんなところだな。
でも、
ハンバーグはハンバーグ◯ルパー、
カレーはハウスかSBのカレールー。
これのどこか『おふくろの味』なのだろう。
今一番の懸念は、
万が一、娘が結婚した時。
私のごはんを食べて育った娘は、私のごはんが一般的な家庭の食事だと思っている。
ゆえに、
栄養も何も考えていない、彩りも???な食事を臆することなく新婚の食卓に出すのでは…
と危惧しているのである。
そして息子達。
彼らも万が一結婚したら、盆暮れ正月のような日常の夕食にきっと度肝を抜かれるはず。
胃袋がさぞかしビックリすることだろう。
実は今、
若干の自己嫌悪を感じているのである。
私が母であり、妻であるばっかりに、私の貧弱な食事に慣らされてしまって、子ども達も夫も
気の毒だ!
コレはもう謝るしかないな。
もちろん心の中でだけ…だが (。-∀-)
幸いなことに
彼らは病気も怪我もなく、
健康に順調に暮らしているのだから、栄養だけは足りていたらしい。
良かった。
〜今日の一句〜
近頃は あっという間に 出来上がり