泣いても笑ってもの意味が今ひとつわからないけど、年末の感なしのまま、とうとう大晦日もあと数時間を残すのみ。
例年通り娘と、神社→廻転寿司→買い物&買い物&買い物のお決まりコースを回ってきた。
三が日はキッチンに極力立たないで済むよう、ほぼ食料品(出来合い)とお菓子の調達である。
既に全員大人の我が家は、それぞれが好きなようにお正月を過ごす。
誰も来ないし、どこにも行かないし、年賀状も卒業したし、お年玉の心配もないので主婦としては楽ちんなことこの上ない。
可能ならばずっとお布団の中でぬくぬくしていたいところだが、今年はわん🐶がいるのでそうもいかず、お正月も普通に起床の予定。
まぁしょーがない。
今日は年末ラストスパートで、どこもかしこも人が多かったが、こちら地方には珍しく降雪も積雪もなく、スムーズに動けた。
実にありがたい。
この時期、この日、毎年同じことを考える。
『来年はどうなってるのだろう』
大晦日の日中を娘と共にあちこち動くようになってかれこれ10年。
この日の行動パターンは毎年変わらずで、変わったことといえば、車の運転を娘がしてくれるようになったこと。
私は助手席で街の喧騒を眺めつつ、心の中で
『来年は…』
と考えるのである。
来年の大晦日もこうして娘とお正月の準備に出ることができるだろうか。
もしかしたら全てひとりで回らないといけなくなってるかも。
それより私、普通に動けてる?
カラダ、大丈夫?
運転できる?
そういう年齢だ。
昨日の続きの今日、今日の続きの明日。
何ひとつ変わらない普通の日々は感動もないし、時に退屈と思うこともあるけど、そういう普通の日常が実は一番ありがたいのかも知れない。
今年一年
『だんごのきもち』におつきあいいただきましてありがとうございました。
皆さまが穏やかな新年を迎えられますよう、心からお祈り申し上げます。
令和4年12月31日