その昔、昭和34(1959)年生まれの私の家には既にテレビはあったが、ごはんは保温機能のない炊飯器で炊いて、お櫃に移し替えていた。
電子レンジなどはなく、残ったごはんは冷たくカチカチになっていたはずだが、それを食べていたのはどう考えても祖母と母。
どうやって食べていたっけ?🤔
と、今になって回想するが、一向に思い出せない。
昔の人だから、ごはんを棄てるなんてありえないのでどうにかして食べていたのだろうけど。
そう考えると、今は便利だ。
ごはんが余れば急速冷凍し、食べる時にはレンチンで、炊き立てホカホカごはんのできあがり🍚
そんな便利な時代の主婦が私。
ごはんはタイマーで予約時間通りに炊ける。
冷凍食品もあれやこれや、美味しいものがいつでも食べられる。
電気のおかげさまだ。
先日の突然の停電、しかもこの地区だけのピンポイントの停電では、夕餉の支度も何もできず、ただただ寒さに震えた。
結局その原因を知らされることもなく今に至り、何事もなかったように電気を使い続けている今日この頃である。
洗濯は1年365日、ほぼ毎日する。
幼い頃の実家の洗濯機は二層式になる前の一層式。
脱水機能はなく、ローラーが2本あり、その間を洗濯物を一枚ずつ通して水分を絞るという感じのもの👇
東芝未来科学館
今は一度スイッチを入れれば、あとは洗濯終了まで主婦は用無し。
その間、私は別の家事を…しないでコーヒータイム☕️
掃除はクイック◯ワイパー、たまに掃除機、そして家にハタキはない。
目線より上は敢えて見ないことにしているので、特に支障はない。
幸いなことに家族に埃アレルギーの人間もいない。
こんな感じで、その昔の家事より今は何倍も何十倍も何百倍も楽ちんである。
あの時代の主婦じゃなくて本当に良かった…と実感している。
そして、もしもこの私が夫の実家で同居する嫁だったら、さっさと三行半を突き付けられていたことだろう。
同居もしないで良かった😝
しかし、最近思うのだ。
もしも自分が、急に体調を崩し、救急車を呼ぶことになったら…。
そしてそのままこの家に戻らないことになったら…。
やはりそれなりに家はキレイにしておきたい。
そう、このカラダが動く内に、山ほどある不要品(ゴミ)を処分しなくては…と。
私がとらわれている(現在進行形)
「しなきゃ」
それは
あとしまつ!