2011年3月11日14時46分
よーく覚えてる。
その日の新潟は、晴れてナマ暖かい日だった。
揺れが始まった時間、私は前の勤務先にて仕事中。
その事務所はプレハブの平屋建てで、例え屋根が落ちようと、建物が倒壊しようと、そこから這い出る自信があった。
それほど凄まじくボロくて軽そうな建物😂
因みに、そのボロボロ事務所は今も朽ち果てることなく、しぶとく営業中である。アッパレ!
前の席に座る女性が、揺れに耐えられなくなり
👩🏻🦰「だんごさん、逃げましょう💦」
とうろたえ始めた。
逃げるとは、なんと大袈裟な。
(かわい子ぶるんじゃないわよ!)
🧑🏻🦰「すぐ治まりますよぉ、ふふん」
などと悠長に構えていた私だが、長引く揺れに徐々に不安を感じ始めた。
そしてついに、先に外に出た女性の後を追う。
駐車場の真ん中に立ち、そこで見たものは、大きく波打つ地面。
あんなの生まれて初めて見た🫨
外に出てからも随分長く揺れていた(ように感じた)
その後、テレビのニュースに釘付けになったのは言うまでもない。
マグニチュード9 最大震度7
死者1万5900人
行方不明者2520人
災害関連死3808人(昨年12月末現在)
全国の避難者2万7615人(2月1日現在)
今もまだ行方のわからない人が大勢いる。
今もなお帰らぬ人を探し続けている人がいる。
…というニュースを見ながら思う。
もう、そろそろ区切りをつけてもいいのではないかな。
忘れてはいけないけど、諦めなくてはならないこともある。
今生きている人、これからを生きて行く自分をもっと大切にしないといけない…と。
不謹慎でしょうかね。。。
