春爛漫に一句詠んでみた週末金曜日。
桜月 咲夜の雨で 春染まる(だんご)
本日は一日中雨降りなり☂️
〜昨日の続き〜
調剤薬局にて
後ろの席に座る高齢男性が薬剤師女性とお話しをされていました。
背中合わせなので年恰好は不明。
聞き耳を立てている訳ではないですが、会話は否応なしに聞こえて来ます。
👴「癌を宣告されたけど、年寄りなので手術はしない
放射線治療も抗がん剤もしない」
というようなことをお話しされていました。
自分なら、どうするだろうと考えました。
母のこと
亡き実母は80を超えて乳癌の手術を受けました。
受診に付き添っていた私が手術を決めました。
違う選択肢は浮かびもしなかったです。
それを今、私は後悔しています。
術後8年経ち、母は亡くなったのですが、もしもあの時、手術を見送っていたなら…とずっと考えて来ました。
あの時止めていたら、余命は8年に届かなかったかも知れません。
でも、もっと生きながらえたかも知れません。
しかも、安寧な余生が送れていたのかも。
あの時の私の独断とも言うべき決断が、母にとてつもない苦痛を与えてしまったのではないかと思うことがあるのです。
母の晩年が穏やかだったかと言えば、決してそうではなかったからです。
一般人にとって、治療の選択は実に難しいものです。
当時は、医師の薦める治療がベストだと思いましたし、またそうせざるを得ない立場でもありました。
そんなことがあって、高齢者の癌治療はどういうふうに、どこまで攻めるべきかと考えた次第です。
家族と私
実の姉は50歳になる前に亡くなりました。
祖母は99歳、母は88歳。
3人とも乳癌を患っていました。
姉と母は手術をし闘病、祖母は治療らしい治療はせずに99歳迄生きました。
晩年、多少頭はお花畑になりましたが、寝込むことなく天寿を全うしたのです。
で、自分。
ある程度の年齢に到達したら、手術を含めて積極的な治療は、しなくて良いと考えています。
今のところ…です。
さて
『ある程度の年齢』とは。。。
小野寺時夫著『私はがんで死にたい』(幻冬社)を買いました。
