だんごのきもち

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食卓の思い出

今週のお題「ごはんのお供」

 

と言えばやはりアレよ。

 

のりたま!

 

今年でなんと60周年だとか。

 

ということは

 ・

 ・

 ・

同い年〜。

 

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↑全部食べかけ^_^

 

昔々

私がまだ子どもだった頃

夕ご飯は必ず家族揃って食べるというのが定石だった。

 

大黒柱である父親は

食卓の座椅子にどっかと座って

新聞を読みながら支度が終わるのを待つだけ。

 

食卓というのは脚が折り畳める丸いちゃぶ台ね。

食事が済むと折りたたんですき間に片付けるやつ。

毎日毎食

出しては片付け

片付けてはまた出す。

 

そんな暮らしだった。。。

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夕ごはんの時

父親だけに別盛りのお皿がひとつ余分に置いてあった。

加えて

何やらコップに茶色い水。

 

しばらくしてその茶色の水が

ウイスキーという飲み物だと知った。

 

もう時効だから書いてしまうが

父は当時

だるまと呼ばれた特級ウイスキーサン◯リーオールド寿760ミリボトルの空き瓶に

2級ウイスキーサン◯トリーレッドダブル1440ミリを詰め替えて飲んでいた。

 

雰囲気は確かに変わるだろうが

味は当然本来の・・・。

 

庶民と言うか

平民というか

まぁ周りみんなこんなものだったよね。

 

さて

当時の子ども達のごはん。

 

今と違って子ども中心に献立を立てる

なんてことはしない。

子どもが好むようなおかずはナシ。

 

しかし

そこに文句を言おうものなら

ちゃぶ台返しが待っている。

 

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晩年は

物静かに時を過ごす優しい老人

といった感じの父だったが

若い頃は割と暴君だったかもしれない。

 

めちゃめちゃになった夕飯の残骸を

母と祖母がせっせと片付けていた?

 

んだったかどうだったか忘れたけど

多分そうだったんだろう。

 

今の時代にそんなことをする夫はまずいない。

 

もし今

我が夫がそんなことをしたら

(するはずはないが)

全部自分で後始末してもらう。

 

ふざけんなよ!

 

おかずの乏しい時

好きなおかずがない時

母が黙って出してくれたのが

丸美屋のふりかけだった。

 

そして今の私もそう。

 

ご飯をよそって

のりたまをサッサッサ。

 

うん

 

うまい。

 

いいね👍

 

〜今日の一句〜

食欲の 秋が一番 秋らしい