だんごのきもち

行雲流水の如く心穏やかに暮らしたい。静かに楽しく過ごせたらいいな。

ゆっくり大人になりなさい

今週のお題「〇〇の成長」

 

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齢60、成長などという言葉が凡そ似合わない年齢になってしまった。

成長の対義は老化?退行?退化?

最近は体力もなくなり、あちこちガタが来ているのを自覚している。

いずれにしろこれから先、身体的に成長することはないだろう。

成長が望めない以上、可能な限り現状を維持していきたいと思っている。

 

子どもの成長を語る時に便利な言葉は『いつの間にか』である。

我が子三人、子どもと言っても年齢的には十分すぎるくらいのオトナになった。

ついこの前までは私の背中におんぶされていたはず。

ついこの前までは自身の背中に大きなランドセルをかついでいたはず。

それなのにいつの間にか大きくなった。

 

そんな便利ないつの間にかであるが、今改めて昔を思い出してみると、やはりその時々でいろいろな出来事はあった。

そしてその都度本人も、私も情緒不安定な時期が間違いなくあった。 

 

子どももある程度の年齢になると、何でもかんでも親に報告などはしなくなる。

中学生の頃、長男には辛いことが少なからずあったようだ。

私に心配をかけまいとして何も言わない、何も言えない…。

 

そんな彼の様子を人づてに聞くことがあった。

 

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ひとつひとつを振り返ると、今でも腹立たしい思いだ。

「子どものすることだから」で看過できないことも多く、20年経った今でも忘れることなどできない。

その時の私は母親として、できることのすべてをやったと思う。

ただ、今にして思えば非常に沸点が低かったような気もする。

もう少し客観的に物事を見れたら良かったかな…と。

 

いろいろな物事をひとつひとつ乗り越え、くぐり抜けて、子ども達は今もこんな母と付き合ってくれている。

もしかしたら精神的には私などよりずっと大人になったかもしれない。

 

昔、誰かが言ってた言葉。

『ゆっくり大人になりなさい』

本当にそうだね。

いつの間にか大人になった子ども達をみて、本当にそう思う。

 

そして今だからこそ言えることがある。

我が子を信じていれば

 

なんとかなるさ。

 

昔、柱の傷はおととしの~🎵を歌いながら、姉や兄とせいくらべをしていた。

少しだけ踵を浮かせて、ほんの数センチ、サバを読むのだ。

そんなことを学校の健康診断でもしていたのだが、当時学年でも小さい方だった私は、踵を浮かせることはもちろん、首を思いっきり伸ばして測定してもらっていた。

それでも結局小学生の頃は、ずっとちびのまま。

中学生以降、なぜだか急に身長が伸びて、今では166㌢である。

 

そんな私が母親になり、子ども達には私より大きくなって欲しいと思っていた。

 

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家族5人の中で一番『ちび』になる。

 

これが私の夢だった。

残念ながら娘は164で止まったようだ。

無念だ。(-_-)

 

しかし、彼女の身長がこれから伸びることはなくても、多分私の身長は縮んでいくだろうから、この願いはその内叶うかもしれない。

 

~今日の一句~

  我が家では 柱に傷は つけません